第二十二話 ◆ 改革の切り札 赤絵細描

宮本屋の赤絵細描。
吉田屋ではほとんど使わなかった「赤」で、
器表面の大半を埋めつくす。
吉田屋の真逆、と言っていいスタイルです。
同一の窯を使って、ここまでドラスティックな転換が
行われた例は、珍しいのではないでしょうか。
行われた例は、珍しいのではないでしょうか。
宮本屋宇右衛門は、窯の存続のために
この抜本的な転換が必要だと考えたのだと思います。
それは吉田屋の番頭として、借財を重ねた青手製品作り
(宇右衛門自身が吉田屋に資金を貸し付けたこともある)に
ずっと関わっていたからこその判断だったでしょう。
この抜本的な転換が必要だと考えたのだと思います。
それは吉田屋の番頭として、借財を重ねた青手製品作り
(宇右衛門自身が吉田屋に資金を貸し付けたこともある)に
ずっと関わっていたからこその判断だったでしょう。
赤絵細描は、窯の大リストラ(事業の再構築)の
結果として生まれたように思えます。
青手製品は、おそらく注文生産ぐらいに
とどめたのではないでしょうか。
結果として生まれたように思えます。
青手製品は、おそらく注文生産ぐらいに
とどめたのではないでしょうか。
前代の吉田屋窯が7年で終わったのに対し、
宮本屋窯は30年近く操業を続けることができました。
経営改革という観点からは、
成功だったと言えると思います。
宮本屋窯は30年近く操業を続けることができました。
経営改革という観点からは、
成功だったと言えると思います。
